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人生は摩訶不思議なもので、プロフィールに紹介させていただきましたが、紆余曲折を経験した末、現在の治療師という職業に就いております。
独立開業して早や十数年。社会的には地球環境問題・経済的な行き詰まりなど、誰にとっても先の見えない現実と向かいあっていると思います。そんな中で自分なりになんとか社会の進歩に貢献したいという人としての思い・責任を感じております。
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では“進歩”とは何でしょうか?私は本人の責任ではない不幸が減っていくこと、たとえばその国に生まれたというだけで虐げられているとか、原因が究明されていない病にかかってしまうとか・・・。
印象深いテレビ番組のひとつにNHKの『映像の世紀』という番組がありますが、映像が記録で残っているここ百年余りの極めて近い過去においても“名前”すらもつかず人間とはとても言えないような状態で世を去っていった多くの人がいることを目のあたりにしてしまいます。それにくらべると上記のような問題をかかえる現在はかなり進歩したと言えるかもしれないし、また全く新たな危機が目前に迫っているのかもしれません。
物質的な高度成長に行き詰まりを覚える今、壮大な時間の中で秩序づけられた自然である“自らの身体”から見直してみることにひとつの活路を見出せるのではないかと思っております。
そのひとつの礎として、何百年・何千年の歴史の中で体系づけられた東洋医学があると思います。
自らの体調不良が改善したことをきっかけに鍼灸学校・カイロプラクティック学校に学びましたが、卒業した時点においてはまだまだ疑問点も多く、論理的・科学的に体得できているというよりは伝統的なマニュアルに従ってとにかく一所懸命に治療にあたるだけでした。
学生時代から治療の世界に対して疑問に感じていたことの一つに、鍼灸業界、カイロプラクティック業界、また現代西洋医学業界はそれぞれ同じ病気を扱っているにも関わらず諸先生方から相互に牽制するような発言を多々耳にしたことです。そんな中で、私自身もそうであったように、患者は自らの苦痛の出口を求めてさまよい歩いているのです。
仮に健康な状態が“A”、病気の状態が“B”とします。どの治療法においても回復したという事実が周知のことであれば、患者は様々な治療をうけた結果、本来あるべき“A”の状態に戻っているのでなければ論理的に矛盾してしまい、東洋医学で直した“C”の状態、カイロプラクティックで直した“D”の状態、現代西洋医学で直した“E”の状態になっているというのではおかしいのです。
そこで長年様々な疾患に関わってきた私なりの結論を、東洋医学を構造・環境・精神の三つの要素から成り立っているものと解釈することの中に見出したのです。
東洋医学はまだまだ認識されていない人類の財産だと思います。
それをもって臨床にあたり、またそのことの裏づけをより明確にしていくことによって何らかの“進歩”に私なりに貢献できればと思っております。
アゼガミ治療室 所長 畦上 和彦
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